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大阪高等裁判所 昭和36年(ネ)941号 判決

控訴人 福島寿一

被控訴人 株式会社兵庫相互銀行

主文

本件控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人の負担とする。

事実

控訴人訴訟代理人は、「原判決を取り消す。被控訴人は控訴人に対し金二〇〇万円およびこれに対する昭和三二年二月二六日から支払ずみにいたるまで年四分の割合による金員を支払え。訴訟費用は、第一、二審とも被控訴人の負担とする。」との判決ならびに仮執行の宣言を求め、被控訴人訴訟代理人は、主文同旨の判決を求めた。

当事者双方の事実上、法律上の主張および証拠の提出、援用、認否は、左に付加するほか原判決事実摘示と同一(ただし、原判決五枚目裏七行目および六枚目裏七行目に「便宜上」とあるのを「便宜上」と各訂正する。)であるから、これをここに引用する。

控訴人訴訟代理人は、

(一)  昭和三一年四月二七日預入れに係る福島忠、同茂名義、金額一〇〇万円、期間六カ月の各定期預金(乙第二号証の三、四)が、その期間満了に際し、福島茂名義、金額二〇〇万円、期間三カ月の一口の定期預金(同号証の五)に変更されたことは、被控訴人の自認するところであるが、元来、定期預金は、預金名義人、金額、期間、証書番号により特定されているものであるから、右のように名義、金額、期間、口数のいずれにも変更があつた場合においては、新旧定期預金の間に同一性を認め得ない。従つて、右福島忠、同茂名義定期預金に設定された質権の効力は、福島茂名義の各定期預金(乙第二号証の五、六)に及ばず、ひいて、乙第二号証の六の定期預金を解約してあらためて契約された本件定期預金(甲第一号証)にも及ばないというべきである。

(二)  また、定期預金が期間満了により書き換えられる場合において、新旧定期預金の間に同一性が存するのは、旧預金の元利金全部がそのまま新預金の金額とされる場合に限るものと解される。本件のように、期限到来の都度利息が控訴人に支払われ、元金のみを新預金の金額として定期預金証書が書き換えられてきた場合には、新旧両預金の間に同一性がないから、旧預金上の質権の効力は当然には新預金に及ばない。

(三)  訴外林鋼業の被控訴人に対する債務残額は不知である。

と陳述した。

被控訴人訴訟代理人は、

(一)  定期預金につき設定された質権の効力は、右定期預金の期限後も被担保債権が完済されるまで存続するものである。従つて、右定期預金が期間満了により書換継続される場合にも、特別の事情のない限り、質権の効力は書換後の定期預金に及ぶ。このことは、書換に際し、預金者の申出に基き預金名義人、口数等に変更があつたときにも同様である。よつて、本件においても、数次の書換にかかわらず、当初の質権設定の効力は本件定期預金にまで及んでいるわけである。

(二)  被控訴銀行においては、質権の設定ある定期預金を書換える場合(期間満了によると中途解約によるとを問わず)預金者から反対の申入がない限り、常に利息は預金者に支払う取扱をしている。従つて、利息の支払があつたからといつて、新旧預金の間に同一性がないということはできない。

(三)  被控訴銀行は、林鋼業に対し、現に、貸付金として元金三、七〇八、二〇〇円、損害金三、三三〇、六三一円の債権を有している。本件定期預金は、その担保に供されているのであるから、被控訴銀行は、その支払に応ずることはできない。

と陳述した。

証拠〈省略〉

理由

一  被控訴銀行が昭和三〇年一〇月二七日林鋼業に金三八三万七、一〇〇円を貸付けたこと、その際右債務の物上担保として、福島茂、同忠名義の各金額一〇〇万円、期間六ケ月の定期預金(乙第二号証の一、二。債務者被控訴銀行)に被控訴銀行のため質権が設定され、被控訴銀行が各預金証書の交付を受けたこと、昭和三一年四月二七日右各定期預金がさらに期間六ケ月の定期預金(乙第二号証の三、四。名義人前同様。)に書き換えられ、同様質権設定の手続がふまれたこと、昭和三一年一〇月二七日右二口の定期預金が名義人福島茂、金額二〇〇万円、期間三ケ月の一口の定期預金(乙第二号証の五)に書き換えられたこと、以上の各事実は当事者間に争がない。

成立に争ない甲第一号証、乙第一号証、同第二号証の一ないし六、同第三号証、原審および当審証人林英根、近藤美代次、磯川隆(原審は第一、二回)、原審証人長田延義、当審証人久村一臣、原審(第一、二回)および当審(第一回)における控訴人本人尋問の結果を総合すれば、左の事実を認定し得る。

林英根は、その経営する林鋼業の営業資金に充てるため、かねて、控訴人の義兄近藤美代次から金二〇〇万円を借り受け、林所有の不動産のうえに抵当権を設定していた(ただし、右二〇〇万円は、実は近藤が控訴人から借り受けて、さらに、林に貸与したものであつた。)。しかるに、林において容易に右貸金を返済することができないため、近藤は林に勧めて被控訴銀行から融資を受けさせ、その借受金のうちから自己の貸金を回収しようとし、あつせんの結果、前記のように、林鋼業と被控訴銀行との間に三八三万七、一〇〇円の貸付契約が成立したのである。被控訴銀行は右貸付に際し、控訴人が近藤を通じて回収した二〇〇万円を被控訴銀行に定期預金として預入れさせ(乙第二号証の一、二)、これに質権を設定させたほか、前記林の不動産に抵当権の設定を受けた。

さて、担保に供された乙第二号証の一、二の各定期預金が昭和三一年四月二七日同号証の三、四の各定期預金に書き換えられ、質権設定の手続がふまれ、これがさらに昭和三一年一〇月二七日同号証の五の定期預金に書き換えられたことは前記のとおりであるが、被控訴銀行はこの書換に際し従前どおり質権設定の手続をなすべく控訴人に担保差入書の提出を求めたところ控訴人はこれを拒否した。しかし、被控訴銀行は、控訴人が同行大阪南支店の重要な顧客であつた関係上事を荒立てることを欲せず、預金証書(乙第二号証の五)を留置するにとどめ、それ以上控訴人を追求しなかつた。ついで、乙第二号証の五の定期預金の期限(昭和三二年一月三一日)が近づくや、控訴人は右定期預金を書換継続することなく普通預金に変更するよう被控訴銀行に申し入れたが、被控訴銀行においてはこれに応ぜず右期日に一方的にさらに期間三カ月の福島茂名義定期預金に書き換えた(従つて、これについては質権設定の手続がとられていないこというまでもない。)。控訴人は、昭和三二年二月二四日被控訴銀行に対し右一方的な書換継続に抗議し右定期預金の解約を要求した。そこで、被控訴銀行も右書換は自己の落度であつたとして、さらに控訴人と協議した結果、控訴人において右書換の有効なることを認める代り、被控訴銀行もその解約に応ずることとし、あらためて、これを名義人控訴人、金額二〇〇万円、期間三ケ月なる定期預金に書き換えることを約した。よつて、被控訴銀行は右合意の趣旨にそい、甲第一号証の定期預金証書を作成したうえ、これに質権設定の手続をなさしめるべく翌二月二五日控訴人の来行を求めた。控訴人は、同日被控訴銀行(大阪南支店)におもむいたが、同所において係員に対し右預金証書を「一寸見せてくれ」と申し入れ、同係員がこれに応じて提示したところ、突如証書を懷に入れたので、右係員は「右証書は質権設定の手続をしたうえ銀行に返還すべきものである」旨強硬に抗議した。しかし、控訴人は、「その質権はすでに消滅している」といい放つて、そのまま帰宅し、遂に証書を返還しなかつた。(この時も、被控訴銀行は控訴人が重要な顧客であること、林英根所有不動産の競売の結果により円満解決の見込があつたことの二点を考慮し、控訴人に対し強硬な手段をとらなかつた。)

以上のように認められ、これに反する当審証人磯川隆、久村一臣の証言の各一部は措信できず、他に右認定を左右するに足る証拠はない。

二  被控訴人は、まず、本件定期預金が未だ成立していない旨主張するが、前記認定の事実関係によると、控訴人は乙第二号証の六の定期預金を本件定期預金に書き換えることを求め、被控訴人においてこれを承諾したことが明らかであるから、当事者間に本件定期預金契約締結の意思の合致が存在したものであり、本件定期預金契約は有効に成立したものといわざるを得ない。もつとも、本件定期預金証書は、控訴人が被控訴人の意思に反して持ち帰つたものであること右認定から明白であるが、定期預金証書は定期預金契約の成立およびその債権の存在を証明する書面にすぎないものであつて、その作成交付は定期預金契約自体の要件をなすものではないから、その交付が被控訴人の意思に反したというだけでは契約の成否に影響を及ぼすものではない。よつて、被控訴人の右主張は失当である。

三  次に、被控訴人は、控訴人において本件定期預金に質権を設定したと主張するけれども、これを認めるに足る適確な証拠はなく、かえつて、前記認定によれば、控訴人は本件定期預金契約当時質権設定を拒否していたことが明らかであるから、被控訴人の右主張は失当である。

四  被控訴人は、さらに、当初の福島茂、同忠名義定期預金(乙第二号証の一、二)に設定された質権の効力が本件定期預金(甲第一号証)に及ぶと主張するので、この点について判断する。

おもうに、定期預金をもつて質権の目的とした場合においては、特別の約定のない限り、右質権は当該定期預金の存続期間をこえ、被担保債権が完済されるまでその効力を持続するものであつて、この理は、銀行が自行を債務者とする定期預金について質権の設定をうけたとき(いわゆる預金担保)にも何ら異なるところはない。しかして、預金担保の目的たる定期預金が期間満了により継続され、又は、中途解約されることにより新らたな預金証書に書き換えられた場合(従つて、書換について質権者たる銀行の同意があつたわけである。)においても、書換に際し預金が現実に払い戻されることなくただ証書のみが更新せられ、同一預金者の定期預金として継続関係が存在するため、新旧定期預金の間に実質的同一性があると認められる場合には、新定期預金についてさらに質権設定の手続がなされなくとも質権の効力は当然これに及ぶものというべきである。(もとより、かかる場合に、あらためて質権設定の手続がふまれることも少なくないであろうが、これは新定期預金に質権の効力が及ぶことを確認する意味を有するにとどまる。)

かかる見地に立つて本件を見るに、さきに認定した事実関係自体から明白であるように、当初質権の設定された乙第二号証の一、二の二口の定期預金は、その後期間満了(又は中途解約)により証書面のみが次々に書き換えられ、順次乙第二号証の三および四、同号証の五、同号証の六を経て本件甲第一号証の定期預金にいたつたものであるから、後の預金はそれぞれ前の預金の継続、延長としてその間に実質的同一性が存するものと認められる。よつて、当初の質権設定の効力は本件定期預金にまで及ぶものと解すべきである。

もつとも、本件定期預金の前身たる乙第二号証の一ないし六の各定期預金の名義人が福島茂又は同忠であつたことは前示のとおりであるが、右茂、忠がいずれも控訴人の子であつて当初の契約当時それぞれ三才および一才であつたことは当事者間に争なく、これに原審証人長田延義、磯川隆(第一、二回)の各証言によつて認められる前記各預金契約および質権設定契約に立会つたのが控訴人であり、その頃控訴人は被控訴銀行に近藤と称して出入しており本名以外の二、三の名義でも被控訴銀行と取引をしていた事実、ならびにさきに認定した諸事実を総合して考えると福島茂、同忠は控訴人が便宜上その名義を使用したにすぎず右両名の名義でなされた各定期預金契約の当事者はいずれも控訴人であり、控訴人が一貫して預金の権利者であつたものと認められる。よつて、この点は前記結論を左右するに足りない。

次に、本件においては、前記のように定期預金を逐次書き換える途上において預金の金額(従つて口数)、期間(従つて利率)に変更が加えられているのであるが、このことは新旧預金の間に継続・延長の関係ある事実を害するものではなく、従つて、その間に実質的同一性を認めることの妨となるものではない。

控訴人は、定期預金証書書換の都度、預金者たる控訴人に利息が支払われたから、当初の質権の効力は本件定期預金にまで及ばないと主張し成立に争ない甲第二号証、同第三号証の一、二、同第四号証によれば、控訴人主張の利息支払の事実を認めることができる。しかしながら、旧預金証書に関して発生した利息を元金に繰り入れて新証書を作成しなければ新旧両預金の間に同一性が存しないという理由はないから、右主張は失当である。(預金者(質権設定者)が質権者の承諾を得ないで書換をうける場合には利息を元金に繰り入れて新証書を作成するほかないが、本件の場合には質権者たる被控訴銀行が自ら利息の支払をしているのであるから、何ら問題はない。)

最後に、被控訴人が本件定期預金証書を占有していないことは当事者間に争がないが、当初の定期預金についての質権設定の効力はその逐次書替により既に後身たる本件定期預金に及んでいるものと認むべきこと前述のとおりであるから、その後において質権者たる被控訴人が本件定期預金証書の占有を失つたとしても、少くとも控訴人との関係においてはこれによつて右質権の消滅を来たすものではないと解すべきものである。まして、被控訴人が本件預金証書の占有を失つたのは、さきに認定したとおり、控訴人が被控訴人の意に反して右証書を持ち帰つたことによるものなのであるから、控訴人は信義則に照すも被控訴人の右証書の喪失を理由として本件質権の消滅を主張しえないものというべきこと明らかである。

以上の次第で、被控訴人は本件定期預金のうえに質権を有するものというべきである。

五  次に、控訴人の再抗弁(原判決事実摘示被告の主張に対する原告の主張五および六)についての判断は、原審の事実認定にそわない当審証人近藤美代次の証言、当審における控訴本人尋問(第一回)の結果は信用できない旨および当審証人林英根の証言によれば、林鋼業は約に反して被控訴銀行に対する分割弁済金を一回も支払わなかつたことが認められる旨付加するほか、原判決一一枚目裏六行目から一二枚目表一〇行目までの記載と同一(ただし一二枚目九行目の「便宜上」とあるのを「便宜上」と訂正する。)であるから、ここにこれを引用する。

六、しかして、控訴人は、他に本件質権の消滅したことを何ら主張立証しないから、被控訴人に対して本件定期預金の払戻を求めることはできない。それ故、本訴請求は失当としてこれを棄却すべきものであり、これと同旨に出た原判決は相当で、本件控訴は理由がない。よつて、民訴三八四条、九五条、八九条により主文のとおり判決する。

(裁判官 小野田常太郎 柴山利彦 宮本聖司)

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